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「もし」vs「あり得ない」論争

 安保法制(戦争法案)は憲法違反だ,という意見は今ひとつ説得力がない.

 専門家に言われなくても,憲法違反だろうとみな思っている.これを合憲だなどと言う人は「私は日本語が読めません」と公言しているようなものだ.ただ,日本を取り巻く政治状況が変化している.もし中国が攻めて来たらどうする? 9条は日本を守ってくれますか?

 だから憲法改正が必要だ,という意見がある.しかし話を進める前に,指摘しておきたいことがある.

 「もし某国が攻めて来たらどうする?」「いや,それはあり得ない」という論争は,まず間違いなく前者が勝ちます.今の日本人は,まさにこの論争をやっているわけです.「もし」派と「あり得ない」派との論争,と呼ぶことにしましょう.

 「あり得ない」派は,たとえばこう言うのでないでしょうか.日本を攻めてもメリットがないし,あまりに大きなカケである.だから中国が対日戦争を始めるなんてあり得ない.こういう議論に対して「もし」派はいくらでも反論できる.今の中国は危険である.もし中国の指導者が,常識的な判断力を欠く人だったらどうする? こちらが想定してない悪条件が重なって...という可能性は常にある.日本人が原発事故から学んだ通りだ.

 「もし」派のほうが絶対強いと私が思う第2の理由は,現実に歴史を見れば,やはり「もし」派のほうが勝っているからです.その結果,軍備拡張が選択される.すると国境で緊張が高まり,やがて戦争が起る.こういう事が起きたのだという「過去の反省」を踏まえない限り,「もし」vs「あり得ない」でのっぺらぼうに論争すれば,「もし」が勝つ.そういうことだ.

 ナチスの手法を真似れば良い,と発言したのは麻生太郎.じつに正直な人です.大嘘つきの安倍晋三にない人間的魅力がある.「ナチスの手法」とはトンデモな発言だけど,今の安倍政権がやっていることは,まさにナチスの政策をそのまま踏襲している.このことを見ておくことには意味があると思う.ヒトラーの下で国家元帥等を務めたヘルマン・ゲーリングは,次のように言っている.

- もちろん一般市民は戦争を望んでいない.(中略)しかし,結局,政策を決定するのは国の指導者達であり,国民をそれに巻き込むのは,民主主義だろうと,ファシスト的独裁制だろうと,議会制だろうと共産主義的独裁制だろうと,常に簡単なことだ.
(中略)
国民は常に指導者たちの意のままになるものだ.簡単なことだ.自分達が外国から攻撃されていると説明するだけでいい.そして,平和主義者については,彼らは愛国心がなく国家を危険に晒す人々だと公然と非難すればいいだけのことだ.この方法はどの国でも同じように通用するものだ.

 隣の民族の,悪い情報を流し続け,わが民族の優秀性を植え付ける.これがナチスの宣伝相ゲッペルスの手法だったことも記憶しておこう.このようにしてドイツ国民は洗脳され,戦争賛成へと導かれて行った.

 今の日本に思い当たることはないだろうか.テレビは「日本はこんなに素晴らしい」ばかりを強調してないだろうか.中国人を軽蔑したり敵視するような報道が多くないだろうか.

 次に,君自身はどうだろう.「だから中国人はダメなんだ」と2言目には口走ってないか? 中国は脅威だ,と思ってないか? もしそうならば,ひょっとして自分は「ナチスの手法」で洗脳されているのでは,という可能性を考えたほうが良い.何度も書くけれど,安倍政権はいろいろな点で「ナチスの手法」を踏襲している.一歩退いて冷静に,いま自分が置かれている情報環境を検討して欲しい.

 お前のほうこそアカ新聞に洗脳されてるんだ,と言われそうですね.いま日本の言論世界は急速に右傾化しています.政府与党やその支持者たちから,10年前には考えられなかったような発言を頻繁に聞くようになった.ここ数年の,つまり安倍政権が発足して以後の現象です.これは「作られた危機」だと私が考える1つの理由です.それに私は,かつて日本人やドイツ人がどのように,あの戦争に導かれたのか.いま同じ失敗を繰り返してないだろうか?という話をしています.日本人は過去と全く同じ失敗をくり返そうとしている.日本を失敗に導いたのはアカ新聞ではありません.

 ここまで書いても,「いや,自分は自分の頭で判断しているのだ.マスコミの宣伝などに流されたりはしない」と,君はきっとそう思っていることだろう.まことに,こういう「自信のある人」こそ,サギの手口に引っかかり易いのだけど,まあ言っても無駄でしょう.

 1970年代を境界に,日本人は国際社会に対し「自信」を持ち始めた.それまでの日本人は劣等感のかたまりだった.しかし’70年代,経済的な大発展を背景に,いろいろな分野で,日本人の活躍が目立ち始めた.彼らは各々の専門分野で,劣等感を引きずりつつ,さまざまな試行錯誤を繰り返した.マンガやアニメが大きな変貌を遂げたのも,そういう努力があったればこそだ.こうした発展をささえた多くの人たちは,もう亡くなっているか,または高齢者として社会の邪魔者扱いされている.今の日本人は世界に対する劣等感のようなものを持ってない.根拠のない自信ばかりが拡大している.そして,もう一度書きます.こういう「自信のある人」たちこそ,サギの手口に引っかかり易いものです.

 長くなるので,今日はここまでにしておきます.

ナチスの手法と憲法改正

 「重信川の岸辺から」というブログがある.愛媛県松山市の郊外を流れる川をたしか重信川というので,ブログ主は松山市近郊にお住まいの方だろう.と思うけれど,住所はこの際関係ない.

 このブログの中で「ナチスも「平和の陸軍」」という記事が目に止まった.出典は池田浩士「ヴァイマル憲法とヒトラー」という本らしい.ブログによると,ヒトラーは政権を獲得してから戦争に向けて準備をした.その時に「常備軍」を「フリーデンスヘーア」と名付けた.
http://plaza.rakuten.co.jp/mz5na/diary/201507040000/

 フリーデンスヘーア.元のつづりはFriedensheer だろうか.Frieden は「平和」という意味. Heer は「軍隊」.つまり「平和の軍隊」.これがナチスの軍の呼称であった.

 と書けば,最近の日本で思い当たることがあるでしょう.安倍首相は自分の政策を「積極的平和主義」と呼んでいる.いま国会で審議されている安保法制には「平和〜」という名称が使われている.

 ナチスの手法を採用すれば良い,と言ったのは麻生太郎.この正直すぎる男は,最近は影が薄い.自民党内では議員のマスコミ出演を抑制し,トンデモな失言(つまり本音)がマスコミにさらされないよう,今は細心の注意を払っているように見える.つまり「強行採決」が間近だということだろう.

 ナチスの手法を使え,とはトンデモ発言だけど,現実の施政はその通りに進行している.憲法違反の法律を作って,憲法そのものを空文化,無力化してしまおうという姿勢は,ヒトラーがワイマール憲法に対しやったことそのまま.自国民族の優秀性と,他民族への軽蔑と憎しみを宣伝し,近隣国の脅威を煽る.その手法もナチスそのまま.

 そして戦争のため準備しているものに「平和」と名付ける.この手法もそっくりだ.

 そういう話であれば,安倍政権が今後何をするかも予想できるかもしれない.ブログ「ジャーナリスト同盟」が小西議員(民主党)の発言を紹介している.次のステップ.それは:

 「ずばり安倍戦争である」と小西は鋭い予測分析をした。頷くほかない。ヒトラーもそうだった。即座に隣国への侵略を開始した。国民の反対を、戦争で封じ込めてしまった。
http://blog.livedoor.jp/jlj001/archives/52109634.html

 以下,この記事から勝手に抜粋転載します.

(以下少し改変して転載)
1. 安倍・国粋主義の最終目標は、9条解体である。祖父のA級戦犯の遺言でもあった。それを財閥と公明党・創価学会の力で実現しようとしている。(中略)憲法の平和主義を放棄することが、財閥と国粋主義(日本会議)の悲願なのである。

2.9条改憲には主権者である有権者の過半数の賛成が必要となる。これを達成するためには、どうしても国民の頭脳を変えなければならない。民族主義化である。国家・国粋主義に傾倒する日本人にする必要がある。そのための投票権の低年齢化でもあった。

3.アジアの平和と安定が損なわれる時代の到来である。これに手を貸す公明党である。創価学会が創立した公明党が、戦争法体制実現にのめりこんでいる.
(転載おわり)

 この3は公明党創価学会がいま果たしている犯罪にまで言及している.全く同感だが,今はそれ以上追及しないことにして,最も重要な指摘を復唱しておこう.

 [復唱]. 安倍晋三がやりたいこと.それは憲法改正.特に憲法9条の破棄である.アベノミクス,オリンピック誘致,その他すべて安倍晋三がやっていることは,憲法改正を目指している.彼のすべての政策は,この脈絡で理解されねばならない.

洗脳の方程式

 2月21日の朝日新聞.一面トップは,世界中どこへでも,国連の決議がなくても,自衛隊を派兵できるようにしよう,という政府の方針が発表されたこと.

 20年ほど前だったか,PKO(国連の平和維持軍)への参加が問題になったとき,当時の政府は,「国連の決議が前提なのだから良いのだ」と言って押し切った.今度は「国連の決議がなくても派兵できる」と言っている.日本がズルズルと戦争へ戦争へと向かっていることは,よほど鈍感な人でもわかるのでないだろうか.

 これほど重大なニュースなのに,NHKは報道しなかった.21日朝のNHK「週間ニュース深読み」のトップは東北地震,次はウクライナ,... 日本政府の軍事政策には一言も触れなかった.

- 国民は常に指導者たちの意のままになるものだ。簡単なことだ。自分達が外国から攻撃されていると説明するだけでいい。そして、平和主義者については、彼らは愛国心がなく国家を危険に晒す人々だと公然と非難すればいいだけのことだ。

 ナチスの指導者の1人だったヘルマン・ゲーリングの言葉だそうです.今の日本で起っていることと,あまりに似ている,と私は思います.

http://blogos.com/article/92539/
 「改めて考えたいゲーリングの言葉の意味」



秘密保護法に反対します

 NHKなどは,ほとんど報道しなかったけれど,「秘密保護法」ができたとき東京では5万人程度の大きな集会だかデモだかがあったらしい.その「秘密保護法」は,施行が12月10日だそうです.日本から「言論の自由」がなくなる日,と言うべきでしょう.

 10月25日,これに反対する学生のデモがあったらしい.集まった人数は1,000人とも2.000人とも報道されている.主催したのは「特定秘密保護法に反対する学生有志の会」.SASPLと略記している.「Students Against Secret Protection Law」の略らしい.

 反対者を暴力で沈黙させて日本を戦争に導いた,あの悪名高い「治安維持法」と同じような法律です.もっとマスコミは報道しないといけない.もっと日本人は意見を交わさなければならない.25日のSASPLのデモは,その小さな一歩のように見えます.
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014102602000119.html

スコットランド vs 北アイルランド

 スコットランドは,とりあえず独立しないことになった.もし独立したら,たぶん北アイルランドにも微妙に影響する.

 Make Ulster British.
 アルスター(北アイルランド)を英国風に改造しよう.

 北アイルランドを率いるプロテスタント勢力は昔(たぶん今も)そう主張していた.アイルランド的なもの(たとえばカソリック)を排除し,英国的(スコットランド的?)なものを奨励しよう?

 北アイルランドのプロテスタントはスコットランドの影響が大きい.彼らは戦闘的でカソリックに対し容赦がない.それを今の英国政府が抑えているのが現状.

 スコットランドが独立したら,この抑えがなくなる.つまりプロテスタントはカソリックに対し,やりたい放題となる恐れがある.するとIRAが活発化する.アイルランド共和国の政府も黙っていられないでしょう.

 というのが私の予想でした.独立しなくて良かった.

補足.
 北アイルランドのプロテスタントで、日本で最もよく知られている人はC. S. ルイス(「ナルニア国ものがたり」の著者)でしょう.この人がどれほど戦闘的(狂信的)かは,この本の端々から伺い知ることができます.

朝日「誤報」問題は秘密保護法施行への「露払い」だ

 いや,感動しました.

 そのまま転載します.私の言葉を付け加えたら,文章の格調高さを損なってしまう.
http://moriyama-law.cocolog-nifty.com/machiben/2014/09/post-08e2.html


(以下転載)
2014年9月13日 (土)
朝日新聞「誤報」事件  秘密保護法の生け贄

朝日新聞の「誤報」に対するバッシングは、戦後、言論機関(朝日新聞がそう呼ぶに値するかどうかは別として)に対するものとして、かつて例をみない特異な事件に発展した。

沖縄密約を暴いた西山太一記者は女性スキャンダルにすり替えられた人格破壊によって記者生命を絶たれた。
戦後初めての本格的な政権交代を成し遂げた小沢一郎は、事実無根の金銭スキャンダルによる人格破壊によって政治生命を絶たれた(ように見える)。
朝日新聞「誤報」事件も、人格破壊の域に達した。
そして、朝日新聞は、西山氏や小沢氏と異なり、人格破壊に屈して、頭を垂れた。


朝日新聞「誤報」事件は、確実に後世の歴史に残る。
「誤報」としてではなく、「暗黒の言論統制」の時代の幕開けとして、だ。

とりあえず何が対象にされたのかを確認しておくことに意味があるだろう。
「慰安婦」の「拉致」に関する吉田清治証言に関する「誤報」は、「軍」に対するものだ。
福島第一原発事故に関する吉田調書の「誤報」は、原発に対するもので「テロ」関連で軍事に通ずる。

吉田調書に関する誤報は、「命令違反」と「撤退」に関係する。
所員が、吉田所長の意図に反して福島第二原発へ移動したことを「命令違反」とするのか否か、それが「撤退」であったのか「待避」であったのか、いずれも表現の問題であり、価値評価に関わる問題だ。
事実関係の詰めに甘さがあったとしても、報道の現場では常に起こりうる問題だろう。

何より、これを問題にするのであれば、小沢一郎の金銭スキャンダルに関する執拗な報道は、「誤報」を超えて「捏造」だったと謝罪しなければならない。
TPPについて未だに農業・畜産業の関税の問題として報道し続けているメディアは全て誤報の山を築いている。
ウクライナ政権を正統政権として報道し続けているのも国民を欺く大誤報だ(革命政権であると主張するのであれば別だが、そのような評価は見たこともない)。

吉田清治証言に関わる「誤報」は30年、短く見ても20年前のものだ。
そうした遙か過去にさかのぼる報道も猛烈な批判の対象になる。
報道回数において朝日新聞が抜きん出ていたとしても、当時の国内メディアは大半が吉田証言を事実として報道していた。

吉田清治証言を除外しても、韓国の軍「慰安婦」を「強制連行」と呼ぶか、これも価値評価の問題だ。
物理的な強制力を使えば「拉致(略取)」である。
仕事の内容を秘匿し、偽って連れ去れば「誘拐」である。
いずれも立派な刑法犯だ。

自分の娘が、仕事の内容を偽った勧誘によって外国に渡らされ、性的労働に従事させられたことを想像すればわかるだろう。
この「誘拐」を「強制連行」と呼ぶか否か、これもまた価値評価の問題だ。
現に「誘拐」を「強制連行」と評価した裁判例も存在する。

その程度の問題であり、20年以上も過去のことであっても、ある日突然、猛烈なバッシングに晒されることを今回の事件は露わにした。
どこかでGOサインが出されれば、どのメディアが狙い打ちにされるかわからないことを言論に関わる全てのメディアに知らしめた。

なぜそうした「誤報」が起きたのか。
根本的な原因は、情報が「秘密」だからだ。
吉田調書はそれ自体が「秘密」である。
吉田清治証言に関わる「誤報」がまかり通ってしまったのは、戦前の軍部全体が秘密情報の山で、多くの歴史的な証拠資料がすでに廃棄されているからだろう。

とくに吉田調書問題を見ればわかりやすいだろうが、「秘密」とされなければ、「誤報」も起こらなかったのだ。
一連の聴取結果が、国民共有の財産として公開とされ、教訓をくみ取るべく活発な議論がなされれば、このような問題は起きなかったし、議論の対象や内容も自ずから違ったものとなったはずだ。

吉田調書について、朝日新聞自身が裏付け取材が不十分であったとしている。
そもそも「秘密情報」について、裏付け取材を十分に行うなどということが可能なのか。
十分な裏付け資料がなければ報道してはならないとすれば、今後、「秘密情報」に関わる報道はできなくなる。
事実上、「秘密情報」に関わる報道は存在しなくなるだろう。

12月には秘密保護法が施行される。
政府は、取材、報道の自由を侵害しないというが、今回の事件で、報道のハードルは一挙に上がった。
十分な裏付け取材もなく、報道すれば、即、刑事処分が待っている。
誤報の後の対応が重要だ等という話では断じてない。
そして、「秘密」について、十分な裏付け取材を行うのは不可能だ。
朝日新聞は、全言論界に、秘密保護法の威力を見せつけるための、生け贄とされたのだ。

メディアは、益々、政府公認情報しか流さなくなる。
われわれは、そうした時代に入る。
それを覚悟して朝日新聞「誤報」騒動を見る必要がある。

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朝日新聞に対しては、いい気味だという思いもある。
朝日新聞は、執拗に弁護士増員を主張し、これに反対する弁護士・弁護士会に対して、バッシングを行い、今の弁護士窮乏化政策を導いた張本人だ。
経済基盤を失った弁護士は、権力に対する批判勢力とはなり得ない。
弁護士がまともであれば、おそらく、朝日新聞バッシングに対しては、強い異議が出されただろう。
日弁連会長の抗議声明も出たかもしれない。
しかし、世論の勢いに負ける今の日弁連から、そんなものは出ない。
「日弁連は秘密保護法に反対」している、にも拘わらず、だ。

小沢一郎に対する朝日新聞のバッシングも異様であった。
バッシングに積極的に加担した朝日新聞が生け贄にされた。

ナチスの暴圧を対岸の火事と見過ごした、どこかの牧師の述懐が、現実となっている。
「茶色の朝」が訪れようとしている。
(転載おわり)

カイ二乗検定

 東京都知事選の話である.

 歴代の当選者の区ごとの得票は,グラフに描くとみごとに有権者数と比例しているように見えるけれど,厳密には結構バラツイている.有権者数ではなく,区ごとの前回の得票数となら,比例の度合いはもっと大きい.しかし厳密には「比例」とまでは言えない.このことは,たとえば「比率の差」ないし「独立性」に関する「カイ二乗検定」で調べることができる.こういう手法に馴染みのない人のために,いちおう基本的なところを説明しておこう.

 カイ二乗の計算は,観察値(実際の例数)から理論値(予想される例数)を引き算するという操作が中心となる.引き算の結果を二乗して,理論値で割り算をする.つまり,
(観察値-理論値)^2 /理論値     ・・・ (A)
という計算をして,その結果を足し合わせる. なお ^2 は「二乗する」という意味.
カイ二乗の適用.jpg
 右表のような例を考えてみよう.数を数えたデータが2×2,つまり4通りに仕分けされている.それぞれa, b, c, d としよう.これらは通常は整数である.表のヨコの和,タテの和を,それぞれS, T, U, V とする.S = a + b, V = b + d などの関係がある.全合計は,N = a + b + c + d である.

 観察値 a, b, c, d のそれぞれに対し,予想される確率 p, q, r, s を考える.ヨコまたはタテの和をそれぞれF, G, H, K とすると,F = p + q,  K = q + s などの関係がある.確率の全合計は1である.すると,a に対する予想値(理論値)は pN, b に対する理論値は qN, 等となる.

 ということで,上記 (A) の式を作って足し合わせる.
(カイ二乗の値) = (a – pN)^2/pN + (b-qN)^2/qN
    + (c – rN)^2/rN + (d – sN)^2/sN    ・・・ (B)

 もし表の2つの属性,つまりタテ系列とヨコ系列が「独立」ならば,
p = FH     ・・・  (S/N)・(U/N)
q = FK     ・・・  (S/N)・(V/N)
r = GH     ・・・  (T/N)・(U/N)
s = GK     ・・・  (T/N)・(V/N)
の筈である.Fを観察値 S/N で,HをU/Nで「推定」するならば, ・・・ の右側に書いたような形となる.なお「独立」とは,「比例している」とほぼ同義と考えて良い.

 話をもとへ.そこで, p = (S/N)・(U/N) 等と置けば,(B) 式の pN は,
pN = SU/N
となる.q以下についても同様で,それぞれ,
pN = SV/N
rN = TU/N
sN = TV/N
として(B)式を計算すれば良い.
実例のプレビュー.jpg
 都知事選のデータは,たとえば右表のようになっている.2×2ではなくて,2×23 である.表はクリックすると拡大表示されます.
 H26舛添とH24猪瀬の得票数は比例している,と言えるだろうか.上記のように計算すると,カイ二乗値 = 919となる.カイ二乗の自由度(degrees of freedom, df)は,2×2の表なら自由度 = 1であるが,この場合は2×23なので 自由度 = 22である.

 下に示すカイ二乗の値とP(確率)の関係から,自由度22の場合,理論に合っている(比例している)と言えなくもない限界値は40ぐらい(確率P = 0.01)だろうか.この例では919というような大きな数値であるから,「比例している」とはとても言えない.


補足
 福島での甲状腺がんの発症数が,偶然では説明できないほど多い,という指摘があった.これは,室井佑月「何を言っても『風評』と言われるのがオチ」〈週刊朝日〉週刊朝日 2014年6月6日号,へのコメントらしい.
http://sun.ap.teacup.com/souun/14307.html#comment
カイ二乗値のプレビュー.jpg
 このコメントは,次のように論理を組み立てている.
1. まず年間のガン発症率pを仮定する.そこから調査期間(1079日)の間のガン発症率qを計算する.
2. 観察された陽性率 50人/287056人が,qにどれほど合致しているかを,カイ二乗検定で評価する.
 福島の場合,非常識なほど高いp を仮定しない限り,観察された陽性率は説明できない,というのが投稿者の結論である.

 都知事選のデータでは,2回の選挙の(または2人の候補の)区ごとの得票数が,同じ比率になっているかどうかを検定した.それに対し甲状腺がんの例は,観察された比率が,理論的に予想される比率と合致しているかどうかを調べている.この場合も,カイ二乗の計算式は,
(観測値 – 理論値)^2 / 理論値    ・・・ (A)
を足し合わせたものだ.つまり対象を,「ガンを発症した人」と「発症しなかった人」に区分して,それぞれ (A) を計算してから,両者を足し合わせている.この場合,カイ二乗の「自由度」は1である.

 以上,参考にしてください.

二項分布

 東京都知事選の歴代の当選者は,東京23区の各区において,それぞれの区の有権者数にほぼ比例する得票を得ていることを見てきた.今回は「2項分布の当てはめ」という観点から考えてみる.なお,前回までの分析も含め,すべて私の自己流であることをお断りしておく.
“有権者と舛添 二項分布H26 のコピー.xls”のプレビュー.jpg
 具体例から始めよう.右表は平成26年の各区の有権者数nと当選者(舛添氏)の得票xを示している.nとxが完全に比例しているなら,比 x/n は一定となる.この点を検討するため,23区全体の舛添氏の総得票数を,23区全体の有権者総数で除算した値p を求める.つまり,
p = (xの総和) / (nの総和)
である.総和とは23個の値をすべて足し合わせたという意味.この例ではp = 0.1981となった.つまり舛添氏は23区有権者数の19.8%の票を得ている.
(表はクリックすると拡大表示されます)

 もし舛添氏の支持者が均等に分布しているなら,つまり支持者の比率が多い区と少ない区がなくて,どの区でも同じように得票すると仮定すれば,ある都民が舛添氏に投票する確率は(23区のどこにおいても) p = 0.1981 となる.舛添氏に投票しない(別の人に投票する,または棄権する)確率1-p は 0.8019だ.これをqとする.
q = 1-p

 これは「二項分部」の話になる.大きな袋に赤い玉と白い玉が入っている.袋に手を突っ込んで玉を1つ取り出す.それが赤い玉である確率をp,白い玉である確率をqとする.同じ操作をn回くりかえしたとき,赤い玉にx回当たる確率は? これが二項分布.

 二項分布の平均値はnpで,分散はnpqだ.そして標準偏差(分散の平方根)はrt(npq)となる.「平方根をとる」という操作を,ワープロでは「平方根」の記号が書けないのでrt( ) と書いてみました.ここだけの用法です.

 とりあえず実行したい作業は y = (x-np)/rt(npq) を計算すること.上表を左から右に1列ずつ追っていけば,計算のプロセスがわかると思う.まず有権者数nと舛添氏の得票xの「区部計」より,pとqの値を得る.あとは有権者数とpの積npを計算.さらにqを掛けてnpq,その平方根rt(npq) 等々.なお表の数値は小数点以下を書いてないので,計算がきっちり合わないのは四捨五入のせいです.

 おおざっぱに言って,変数xが二項分布に従うとき,xから平均値を引いて,標準偏差で割った値,
y = (x-np) / rt(npq)
は,標準正規分布(平均値0で標準偏差1の正規分布)に従うはずだ.しかし計算されたyの数値(表の右端のコラム)を見れば,全く従ってないことがわかる.正の値と負の値があるが,いずれにせよ絶対値が大きすぎる.

 正規分布では,変数が平均値から標準偏差の2倍以上離れた値をとる確率は約5%だ.「標準偏差の2倍」つまり「2シグマ」は,確率5%の限界値を見る簡便法だ(シグマとは標準偏差のこと).
 標準正規分布なら平均値0,標準偏差1だから,yが2より大きい,または-2より小さい値となる確率は5%.上の表のように37とか,-23などという値はあり得ない.だから舛添氏の得票率は,どの区も同じとは言えない.

“Yの値.xls”のプレビュー.jpg

 右表は,歴代の当選者について,yの値を示している.舛添,猪瀬,石原氏の得票が多いのは江東区,墨田区,北区,文京区など.得票が少ないのは杉並区,中野区,渋谷区あたりだろうか.

 年次を追ってみると,石原氏の得票パターンが,H11(平成11年)とH15の間で大きく変わっている.特に江東区は,H11では石原票が少なかったのに,H15では激増している.逆に世田谷区や杉並区ではH11では石原票が多かったのに,H15以降では少ない.

得票数 vs 有権者数

 2回の選挙での得票数の比率,という切り口は重要である.しかし複数回の立候補をした人で,かつ一定以上の得票をしている人となると,例数が限られてしまう.そこで各候補者の得票のパターンを比べるために,得票数と有権者数の比率をとってみる.
“h26宇都宮.xls”のプレビュー.jpg
 つまり前回の記事「比率が一定であるということ」で説明した計算方法を,そのまま採用する.ただし今回は「得票数/得票数」ではなく,「得票数/有権者数」の比率を出発点とする.

 具体的に説明しよう.右の表は平成26年の都知事選での宇都宮氏の得票(x)を示している.
(表はクリックすると拡大表示されます).
 得票数(x)を,この時の有権者数(y)で徐算して100を乗ずる.つまり「有権者数の何%の得票」という数値(z)を,23区すべてについて算出する.これが「得票数/有権者数」の比率(の100倍)である.前回の記事で「得票数/得票数」の比率となっていたところ(コラムA)に相当する.

 あとは前回と同じです.コラムAの平均mを計算する.この例ではm = 8.961となった.次にコラムAの数値を m で徐算する.これがコラムBの数値.
 この数値の平均は1に近い値となるはずだ.そしてコラムBの分散(B分散,
この例では 0.01867)を,同じように計算した他の候補の分散と比べることができる.

“有権者数を分母.xls”のプレビュー.jpg
 このように計算したB分散の値を比較したのが右表だ.H26では舛添氏のB分散が最も小さく,他候補のB分散を舛添氏のそれで徐算した「分散比」は,いずれも1%の限界値2.78より大きい.つまり舛添氏の区ごとの得票は,それぞれの区の有権者数と比例していて,その度合いは他候補よりはるかに顕著である.

 なおA平均の値は,その候補が有権者数の何%の票を獲得したかという数値を概略表わしているので,参考にしてください.

 H24も当選者(猪瀬氏)のB分散が最小となっている.これを分母として分散比をとると,猪瀬氏の分散の小ささが際立っている.

 H23でも,B分散は当選者(石原氏)が最小である.しかし分散比の値が示すように,この時は渡辺氏や東国原氏も,得票数が有権者数とよく比例していて,石原氏のB分散と「有意な」違いはない(違いがない数値に*印を付けてある).以下,H15の中松氏,H11の舛添氏や三上氏も,区ごとの得票が有権者数とよく比例している.これらの人は効率よく票数をかせぐ秘法を持っているのかもしれない.

 最後に,多少強引ではあるけれど,今回の数値(得票数/有権者数)を前回の「得票数/得票数」の数値と比べてみよう.2つずつ並べてみる.上が今回の,下が前回のB分散である.

H26舛添/H26有権者数  0.00371
H26舛添/H24猪瀬    0.00112

H24猪瀬/H24有権者数  0.00172
H24猪瀬/H23石原    0.00081

H23石原/H23有権者数  0.00406
H23石原/H19石原    0.00163

H19石原/H19有権者数  0.00435
H19石原/H15石原    0.00339

H15石原/H15有権者数  0.00621
H15石原/H11石原    0.01999

 H19以後は当選者の得票数は,有権者数よりも前回の選挙結果と,より強く関係づけられる.しかしH15石原の得票数は,有権者数との関係のほうが,前回の得票数との関係よりも顕著である.この選挙で石原氏は前回の1.9倍の得票数を得ていて,こういう場合は前回の比率が維持されにくいのかもしれない.

比率が一定であるということ

 今年(平成26年)の東京都知事選で当選した舛添氏の得票数が,東京23区のどこにおいても,平成24年に当選した猪瀬氏の得票数の48%であったことから,そういう規則性がなぜ起こったのかを調べている.都知事選の過去データを,もう少しいじってみよう.
 5月8日の記事で「散らばりの小ささ」について書いた.得票の比率が,どの区においても0.48程度であったということは,比率は区ごとにあまり違わない,つまり変動が小さいということだ.そこで比率の数値の「分散」を比べたのが5月8日の記事だ.
 そのとき問題になったのは,比率の数値が大きくなると分散の数値も大きくなること.この点に対処するため,今回は比率の数値を平均値で割り算してから比較する.
舛添-猪瀬の場合.jpg
 具体的に説明しよう.右の表は平成26年の選挙での舛添氏の獲得票数(H26舛添)をH24猪瀬で徐算した数値である(コラムA).この数値の23区の平均値は0.486,分散は0.00026となる.
(表はクリックすると大きく表示されます).

 この分散の値を他の事例と比べたいのだけれど,それは平均値が同程度の事例としか比較できない.そこで今回は,コラムAの各数値を,平均値0.486で徐算した(コラムB).そうすると,コラムBの数値の平均は1に近い数値となる.そして分散の値(この例では0.00112)を,同じように計算した他の事例と比較することが可能となる.

 計算結果を下の表に示してある.当選者である石原氏-猪瀬氏-舛添氏の系列のほか,2回以上立候補した人の得票比を,比較のため示した.ただし,あまりに得票数の低い候補はハズした.

 上記のように計算した分散(B分散)の値を比べて頂ければよい.またB分散の値を H26舛添/H24猪瀬 のB分散値で徐算した「分散比」も示してある(注).分散比の目安としては,2.04なら確率5%,2.78なら確率1%である.たとえば H19石原/H15石原 は3.03で,1%の限界値2.78より大きい.つまりH26舛添/H24猪瀬 に比べ,23区の間での変動は極めて大きい.統計学的に「有意な」違いがある.

(注)23個の数値から分散を計算したので,分散比は第1自由度22,第2自由度22のF分布に従う.だからエクセルの関数FDISTを使って,分散比の値から確率を計算できる.


得票比の分散比.jpg

 なおA平均の値は,2回の選挙での得票数の比を概略表わしている.H15石原はH11石原の1.9倍,H24中松はH23中松の2.7倍もの得票をしていて,どちらの例でもB分散が大きくなっている.一方,H24猪瀬はH23石原の1.6倍の得票をしているのに,B分散は極めて小さい.

 得票数の大きな変動にもかかわらず,石原-猪瀬-舛添の系列では,23区間の得票比率は極めて変動が小さく,一定比率のまま維持されているという現象は,どのように説明できるのだろうか?
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